「気遣い」と「心遣い」・「気配り」と「心配り」

 

それぞれ二つの違い。意識したことがある人って少ないのではないでしょうか。

 

辞書上では類語となりほぼ同じ解釈と書かれているのですが
実は異なっているということがあり。面白いのでブログにしてみます。

 

=「気遣い」と「心遣い」の違いは=

 

●気遣い
「あれこれと気を使うこと」「よくないことが起こるおそれ。懸念」で。「お気遣い」の意味として相応しいのは前者の方です。「使う」には「頭脳・神経などを働かせる」という意味があることから、「気遣い」は「神経を使って相手に何かをしたり、発言したりすること」を言います。

 

●心遣い
「あれこれと気を配ること。心配り。配慮」「祝儀。心付け(贈答品やご祝儀など)」です。前者の意味は「気遣い」と非常に類似していますが、「心遣い」には「心配り」という意味があることから、「心から相手のことを思いやって、何かをしたり発言したりすること」という意味になります。

 

このように、「お気遣い」は一定のマナーやマニュアルの範疇にある言動であるのに対し、「お心遣い」はその範疇を超えた言動と言えるでしょう。

 

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=「気配り」と「心配り」の違いは=

 

●気配り
自分が中心。手抜かりがないように気を遣い、注意した上での言動ができること。

 

●心配り
相手が中心。「相手がこうなったら助かるだろうな」と想像した上で、相手の個々の状況に合わせた言動ができること。

 

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全然違います。

 

「気」は注意・留意すべきことで

「心」は相手のためを思うこと。

 

会社で上司から部下に注意する時も同じです。

 

「気」で注意した時はほぼ「心」が欠落します。

 

マネージメントの原則ってどうしたらもっとより「部下」が楽しくやりがいをもって働いてくれるかを考えることだと思っています。

 

「気」も「心」もない状態ですと

 

・信頼が築けません
・ミスやトラブルに気づかなくなります
・ハラスメントを起こしやすくなります

 

そのため、現状を理解していないのに「一喝」してしまうような事象を起こした時何が起こってしまうかというと「心離れ」が起きてしまうと思っています。

 

「気」も「心」もない状態でさもわかってる!と思ってしまうのは傲りであり
心底注意すべきことだと思っています。

 

人は理解したつもりでいてしまう。
人は相手のためにと押し付けてしまう。良かれと思って。
人はすぐ調子に乗ります。謙虚さを失ったら魅力的ではありません。

 

クライアントに対しても、メンバーに対しても、友人にも大切な人にも
「心」を使って接し、「気」を使って己を律する。
そんな人になれたら魅力的ですよね。

 

自分で書いていても身が引き締まる思いです。